がくしゅうちょう

書いて残す

五年

 

忘れるな、と言われているようなきがする

許せない、許すな、忘れるな

あれから何度も霞んでは浮かび上がる「許せない」は、いつからか当たり前のような顔をして酸素や血液の循環といっしょにおれのからだじゅうをはしりまわっている そしてある部分を通過するとき、ひとかけらのガラス片が混じってたみたいにおれのことをちいさく、けれども確実に引っ掻く、その一瞬、そいつとおれはひとつとひとりとして互いを明確に意識する

不意を突かれて痛んだそこに思わず手を当ててみると既にもうそいつはかたちを失くして何事もなかったかのように全身へと散らばってゆき、そして再びおれと同化する、

した、ような


ゆっくりと息を吐く


愛おしさと憎悪とが交差したその一点に、こころはやはり、心臓にある という確信

未だに、目の前できみが しあわせだ と、それはそれは絶望的なほどに甘ったるくほほえむ悪夢に襲われている
 
おれは二度と、きみの心臓にさわれない
 
 

かなしいことが起こる


数日前、たいせつな存在がまたひとつこの世界からいなくなってしまった。
とろけそうなほどやわらかく目尻が下がって、世界のやさしさをぜんぶあつめたみたいな笑顔がだいすきでたいせつだった。


もうそろそろみたいだよ、会いに行っといたほうがいいんじゃない、そう言われた日に限って。なんでもっと早く会いにいかなかったんだろう。なんかまだ、あの部屋にいけば、いつもみたいにやわらかくわらって、「いらっしゃい、また来てくれたの」って言ってくれるような気がするのに。


殴られても噛み付かれても怒鳴られても平気だった。認知症って病気だってわかっていたし、私は職員であなたは利用者だし、でもそれだけじゃなくて、ただただ、私はあなたのことがほんとうにだいすきだった。あの笑顔に見つめられるともう、心臓の奥の方からあたたかいもので満たされていくみたいな、ああ、癒されるってこういうことなのかって、それはあなたに出会ってはじめて手にしたこころの温度であったようにおもう。あの笑顔は無敵だった。あのあたたかさの前では、だれもなにも嘘がつけなかった、気がつけばあなたのまわりは笑顔であふれていた。先の長くない利用者さんのお世話をすることは私にとって仕事だから、いちいち心を痛めていては仕方ないんだって思われたって、私とあなたは職員と利用者であるのと同時に、人と人だ。


みんなの癒しだったあなたがもういない。二度と会えない。うそみたいだ。いつかいなくなるって知ってるつもりだったのに。はじめてあった時にはもうあなたは90も半ばだったし、先は長くないなんて、そりゃあ、もう、でも、仕事とはいえほぼ毎日身の周りのお世話をさせてもらってたら、ずっとこのままでいるような気がしてしまっていた。


世の中でそれはもう腐る程言われているであろう「失ってから気付く」ということも、実際に身をもって体験しないとほんとうの意味は分からない。この 身をもって体験しないと分からない、ということばですら言われ尽くしただろうに。すべてのことがそう、この手で触れて、耳で聴いて、感じて、心が動いて、それらを自覚してからやっと、自分のものになる。必ずいなくなる存在、あるいは既にいなくなった存在までもが私の中で呼吸をはじめて、手垢のついた陳腐な言葉にようやくほんとうの、たいせつな、私だけの意味がうまれるんだ。

 

会いたい時に会う、会えるうちに、生きているうちに、生きていてくれるうちに。そんなのわかってるけど、そうできないこともある。何度も何度も後悔する。これを教訓にして次こそは、とは別に思わない。きっと私は同じようなことを繰り返して後悔し続ける、その度にかなしんで、自分を恨んで、それでも生きていくんだな。次こそは、とかはもういらないんじゃないかな。あなたはひとりしかいないんだから、もう次はない。せめて、あなたにもらったものとか、あなたと過ごした時間のなかでみつけられたものが私の中になるべく長く生きていてくれれば、とおもう。

 

あまりにも大きな、それだけのことだ。

だいすきなまち

だいすきなまち、尾道に行って来た。
はじめて来たのは去年の2月だったから、約1年ぶり。前に来た時には時間がなくて玄関を通り過ぎるだけで泣く泣く宿泊を断念したゲストハウスあなごのねどこ。1年間ずっと憧れていて、やっと、一泊できる時間がとれたので、半ば勢いだけで1度しか会ったことのない広島に住んでいる友達に連絡して、ふたりで宿をとった。


チェックインの手続きをする番台のすぐ横は宿泊者が自由に使える和室になってて、おおきな炬燵がおいてある。その日はわりとベッドが埋まり結構な人数の旅人が泊まりに来ていたらしい。夜に炬燵に集まっていたはじめて顔を合わせる3,4人で、それぞれが持ち寄った日常を話題にお喋りした。そのどれもがきらきらとしていて魅力的で、たのしい。普段している仕事のこと、住んでいる町と明日向かおうと考えている町のこと、これからの人生でやってみたいこと、目指している場所とか。その人にとってはきっと毎日繰り返している当たり前の日常なんだろうと思うんだけど、それをそのひとのことばで語られるのを聴いていると、すべてが私にとっては体験し得ない非日常で、その人の日々の生活はもちろん抱えているちいさな不安とか鬱憤とか、そういうものさえ輝かしく羨ましく思えた。生きているひとのことば。誰がどんな話をしても、合間には「すごい!」「かっこいいですね」「羨ましいなあ」と、そんな声があがって、ここで出会うまでの各自のささやかな冒険を称え合うような雰囲気がとても心地よかった。みんなやさしい。

 

こういう場面をみてると、みんな普段何気なく過ごしている毎日のなかで実はちいさな煌めきをすこしずつ、知らないうちに集めながら生きているんだなあなんて思う。知らないうちにっていうのが重要なのかな、本人が気づかないうちにその人のものになってしまったもの、言葉の出てくるリズムとか目線の動かしかたとか。癖ってうそがつけないから。

 

だれもお互いの名前すら聞かないままたくさん話をして、笑って、寒いねでもこたつがあるからあったかいね、とかなんでもないようなことも言ったりして、宿を出る時間になったらみんなが集まってる炬燵に向かって「またどこかで!」と声をかけてそれぞれ旅立っていく。なんか青春映画みたい。そんなの映画やドラマの中だけの話だよ、みたいなことは、案外そこらへんに転がってるもんなんだな。拾うか拾わないかなだけで。なるべくそういうのを見過ごさずに拾って集めていけたらなあ。ずっとそう思ってやってるけど、なかなか思うようにできない。簡単にできたんじゃ味気ないだろうから今はそれでもいいんだけど、一期一会とか、当たり前は当たり前じゃないんだとか、世の中で腐る程言われ続けてるようなことを丁寧にすこしずつ崩して噛み砕いて、いつかは自分のものにできるかな。かっこいいひとたちに会えてよかった。


そういえば、今からヒッチハイクで目的地まで行くと言ってた女性二人組、うまくいったのかな。とっても素敵なお二人だったんだけど名前も連絡先もSNSも聞かなかったから結果を知る術がない。うまくいって今ごろはあったかいところで過ごしていてくれたらいいな。

 

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近々また行きます。

いつか住んでみたい。

 

 

音楽と信頼


だいすきな音楽を作ってくれていたひとが突然いなくなってしまうこと。いつか私にもそのときがくるんだなあ。
細美さんのラジオをきいた。細美さんがだいすきだったというクランベリーズのボーカルの方が亡くなったらしい。細美さんの震えた声を聴いて、なんだか、未来の自分の声を聴いたようで、胸が苦しかった。会ったこともない人の訃報で涙をながすこと、不思議なことだとおもう。でもきっと、確実に、いつか私も同じ思いを経験するんだろうな。
だいすきな音楽って、いつのまにかほんとうに自分の一部になっちゃう。音を聴いて、歌われていることを1日に何度も反芻したりして、そうそう、私が信じてるのはこれだ、って確認する。自分のこころの大事な一部分をみつける。そういうのを繰り返してるうちに、何かに迷ったとき、勇気がいるとき、あの歌を聴いたときのきもちが軸になって判断をする、みたいなことを無意識にやってる。
私のだいすきな音楽は、自分たちがつくる音をなによりも信じているひとたちによって作られているし、そんな音楽をすきでいられていることを私は誇りに思っている。作り手のひとたちに私は直接会ったことはないしもちろん言葉を交わしたことなんてないけど、ちゃんと届いている。というか、届いて受け取れてると、私が勝手に信じている。
音楽はいろんなものを飛び越えてきてくれるからすごい。距離とか時間とか。私はあの音楽を心底信頼していて、それを作ってるひとたちのこともやっぱり信頼している。会ったことも話したこともないひとのことを大切に思っている。変な話だよなあとは思うけど、ほんとのことだ。
私のだいすきな音楽のひとつであるバンプの藤原さんは、音楽さえ届けば自分たちのことは知らなくてもいい、忘れられてもいいなんて言ってしまうけど、それはやっぱり彼らが自分たちの音楽を心から信じてるから出る言葉なんだろう。いい音楽は、目に見えないものを心から信じようとするひとたちのまっすぐな想いから生まれてくるんだろうな。
細美さんも、クランベリーズの音楽やそれを奏でていたドロレスさんに対して、そういうことを思っていたのかな。孤独なときとかにずっと一緒だったって話してくれていたから、いま私が細美さんのつくる音楽に対する気持ちとおなじなのかな、私もいつもいつも彼らの音楽に救われて生きているから。だとしたら、やっぱりあの震えた声はいつかの私の声なのかもしれないとおもう。いつか、自分の一部を失ってしまったような喪失感のなかで、私はどんなことを言うんだろう。ラジオできいた細美さんのあの声みたいに、震える声でだって、心から大事だった ってちゃんと言えるといいんだけどな。

いなくならないでほしい。ずっと音楽をやって、生きて、できれば笑っててほしい。おかしいのかもしれないけど、私も、会ったこともないひとの幸せをほんとうに願ってる。細美さんが「こういう繋がりは、妄想なんかじゃなくて、」って言ってくれたのが全てな気がするなあ
今は自分がいなくなることより、大切なものやひとがなくなるほうがずっとこわい。もう二度となんにも無くしたくないのにそれでも大切なものができていくのは、私の心がつよく生きようとしているからだと思いたい。

今日の日記

最近、最近ていうかまあわりと前から急に寒くなって、日が照ってる時間もたいへんにみじかくなってしまった。季節性鬱というものがあるらしいけどもしかすると私もその厄介そうなものをうっかり持ち合わせてしまっているのでは、というほど気分が落ち込む。季節性鬱は一説によると冬に日照時間が短くなって、太陽の陽を浴びなくなることで体内のサイクルみたいなものが乱れることによって起こるらしい。そういえば最近陽に当たってないな。

私は介護の仕事をしていて、働く時間のパターンは主に早出、遅出、夜勤の3つ。冬場の早出は日が昇る前に出勤し日が落ちきる寸前くらいに退勤、遅出は昼間に家を出るけれど今から出勤かあ〜というすこし重い気持ちで職場に向かいもちろん退勤時間にはとっくに日が暮れている。夜勤は言わずもがなだけど夜通しひとりぼっちで業務をこなさなければならないので、勤務中の自分の鬱っぽさったらない。そう思えばやっぱり陽を浴びる時間はその他の季節に比べて格段に短くなってしまっている。夜勤中、鬱さが振り切ってしまって「精神科に行きたい!!!たすけて!!!」みたいになのが深夜の2〜3時くらいにピークで湧きあがることがあるけど、なんだかんだで乗り切って日が昇り、退勤するともう眠気と日勤者に無事仕事を繋げたことに対する安堵とで結果どうでもよくなってしまい、家に着いたらそのまま泥のように眠る、みたいなかんじになってしまう。


仕事は楽しい。人と関わることはどちらかといえば得意ではないけどとてもすきだから、いまの介護の仕事は自分に合っていると思う。介護は給料が少ないと言われがちだけど、まあ実際そうだけど、私個人としては(家庭も持っていないどころか実家暮らしだし)それなりに満足している。


なのになんでこんなに不安なんだろう、と思うときがある。ときがある、というか最近はいつもそういう鬱屈としたことばかり考えてるような気がする。仕事はたのしいから職場ではわりとずっと笑顔でいられていると思うのに、その自分と真反対のところでずっとうずくまって動けないでいる、みたいな自分がいるのも感じていて、とくに最近はその2つの二極化が激しい。お互いが私を真ん中にして全く違う方向に歩いていこうとするから、いつか身体ごと真っ二つに分裂しちゃうんじゃないか、というヤバいことを考えたりもする。
明るい部分の自分と暗い部分の自分が、お互いを少しバカにしていることを私は知っていて、その状況を不安と思ってるのかもしれない。明るい方に傾いているときの自分は、暗い方をみて「なんだあんな鬱っぽくてうずくまって自分を悲劇のヒロインみたいにして、ウジウジ考えてる暇があるんならもっと動いてみろよ」みたいなことを言う。でも暗い方が幅を利かせてきたときには、もうすべてがまっくろになる。自分のことも見えなくなってるしもちろん明るいほうなんか眩しくて鬱陶しくて目を向ける気すら湧かない。がらんどうで無気力で、そのくせさみしいなんて思ったりするもんだから、誰か外に連れ出してくれないか、と思ったりして、でもそんな都合よく声をかけてくれるひとなんかいなくて、そんなことはじめから分かってるし、とか勝手にひとりで強がったりして、あげくまた落ち込む。我ながら不毛で滑稽で、かわいそうだなと思う。


なんでこんなにめんどくさいんだろういつからこんなふうになったんだろう。ぐるぐるぐるぐる、どうしようもないことを考える、考えてたら朝になって、また夜が来て、明日になって明後日になっていつの間にか1ヶ月半年一年と月日が経ってた、あれ、3日前のことかと思ったら2年半前じゃん、みたいなのがここ数年の私である。時間が経つのがはやく感じるようになるってのは大人あるあるみたいだけど、このことか。

大丈夫かよ、そろそろしっかりしないとだめだよなあ。もうじゅうぶん、大人って言われる年齢なのに。まだ22だけど。今年ハタチになりました!って楽しそうにしてる私より年下のひとたちのほうが、ずいぶん大人にみえる。たくさんのひととお酒をのんで楽しそうにしてて、親とか先生とかに感謝のきもちをちゃんと伝えてて。すごいなあ

 

今はとにかく、だいすきなクリスマスをだいすきな友達と楽しく過ごす、ただそれだけのために生きてるし、まあそんな感じでいいや、とも思っている。


焦るのはもうちょっと先でいいって、誰かに言ってもらいたい。ずっとこんなかんじでいたいし、はやくちゃんとした大人になりたい。

 

 

介護の仕事してるけど

 

そのひとにはたぶん、私には触れることができない痛みみたいなのがあって、それが傷なのかどうかもわからないけど、いやたぶん傷なんて軽々しいもんじゃないんだけど

 

私がいくら想像したって到達できないような、ふとした瞬間にそのひとをうしろからワッと羽交い締めにして、いろんなもの根こそぎかっさらっていってしまいそうな そんなぼうっとしたくらやみが広がっているのがみえるときがある
今日はまさにそんなかんじだったんだけど

 

声を振り絞ってなまえを呼んでも振り返らない背中とか、日を追うごとに崩れていく手紙の文字、虚ろなまなざし、の持ち主が、たとえばかつての大事なひとだったとして、一生添い遂げようと心に決めたひとだったとして、ちいさいときから自分をずっとみてくれていた、これからもずっとそうだと思っていた家族だったとして

 

忘れる、思い出せない

覚えてるのに、思い出せるのに

 

記憶が残っていかない世界 ってどんなふうなのかな ぜったいにこわいんだろうな
私は覚えているよ、と手を握っても、あなたのなかにはわたしが
いないかもしれない なんて

 

それが、どっちかがしぬまで続く なんて

 

死んじゃうんだな、ひとって
心臓がうごいてるってだけで生きてるわけじゃないのに

 

あんまりにもむずかしくて、むずかしくて

 

なにをいってんだろうな、とは思う
私にはただの仕事なのに

 

 

 

さむくなってきた

 

冬だ、ふゆがきちゃうなあ

 

仕事が終わりごみ出しで外に出たとき、思わず うわっふゆだ と口に出して言ってしまった。空気がつめたかった。金木犀のにおいも1年ぶり。なつかしい。忘れかけたころにちゃんと季節は巡ってくるからほんとよくできてるよなあ。思い出すのは去年のことのような、ずっと昔のことのような。幼稚園のとき、この時期になるとお母さんと一緒に園につくまでの道に金木犀の木が何本あるか数えながら歩いた。銀木犀ってのもあるよな。小さいころ、オレンジ色と白色の花をそれぞれ金、銀と呼ぶことに感心した記憶がある。

 

空気がつめたくなってくるとさみしくてたまらなくなるのは毎年のことだ。べつになんてことないんだけど。いつからそう思うようになったか覚えてない。いつからだったかなあ。さみしいさみしい、さみしいってずっと思い続けていたら、何に対してそう思っていたのか、そもそもそういうきもちを向ける対象があったのかどうかすら、なんだかわからなくなってしまった。かなしいわけでもない。かなしいんだったとすれば、誰かにはげましてもらえばなんとかなってしまうのかなあ。さみしいってのは、ほんとうにどうしようもないな。何が原因か、わからないし。

 

なんかたぶん、膨大な量の言いたいことがあるんだけど、何をどこに向けて言いたいのか、自分でもさっぱりわからない。喉までせり上がってきたそれが音になる直前で、どこに向かおうとしていたのかを忘れる。わからないとか思い出せないってのが、さみしいのかな。自分のまんなかにあるものを、ぴったりのことばで、誰かに言い当ててほしいのかもしれない。

 

外、あめ降ってるな。お向かいの家の金木犀のちいさい花たち、近いうちに散っちゃうかな。そしたら次にあの香りに再会するのはまた1年後だ。それまでにまたゆっくり忘れて、同じように思い出す。思い出す。おもいだす。

 

さむい。今日も仕事だ。
なんとかなりそう。
あめ、ちょっとやんでほしい。